
2026年7月7日 20:29
前回は、私がどうやって潜在価値という概念に気づき、潜在価値理論をつくったか、を述べた。
今回は潜在価値とはなにか、について述べる。
潜在価値とは、そもそも何か。
この問いに答えなければ、潜在価値の時代と言っても、まだ輪郭が十分ではないからである。
潜在価値とは、単に目に見えないということではない。
それは、まだ言葉になっていない。
当たり前すぎて価値だと意識されていない。
あるいは、存在していても、まだ市場や顧客に十分に意味づけされていない。
そうしたもののことである。
つまり、潜在価値とは、まだ価値として立ち上がりきっていない価値でもある。
潜在価値には二つの側面がある
私は、潜在価値には大きく二つの側面があると考えている。
一つは、企業側に潜在している価値である。
もう一つは、顧客側に潜在している問題である。
企業側に潜在している価値とは、たとえば、
- 当たり前すぎて意識されていない強み
- 長年の蓄積の中に埋もれている独自性
- 商品やサービスの背後にある意味や基準
- 創業の思想や歴史に眠る企業哲学
- 社員が無意識に共有している価値観、社風
- 商品開発やサービス提供の根本発想
といったものである。
一方、顧客側に潜在している問題とは、たとえば、
- うまく言葉にできていない違和感
- 当たり前だと思って見過ごしている不便
- 顕在化していない欲求
- まだはっきりとは認識されていない問題
- 新しい意味づけによって初めて価値化される可能性
といったものである。
これまでのマーケティングでは、後者、つまり顧客側に注目することが多かった。
いわゆる消費者インサイトも、その一部である。
だが、前にも述べたように、潜在価値はそれだけではない。
むしろ、企業側に埋もれている価値と、顧客側に潜在している問題を結びつけるところに、大きな可能性がある。
なぜ見えないままなのか
では、こうした価値は、なぜ見えないままなのか。
理由は単純である。
近すぎるからである。
企業の中にある価値は、当事者にとって当たり前になりやすい。
長年続けてきた基準。
ずっと守ってきたこだわり。
繰り返し積み上げてきた工夫。
固有の社風。
そうしたものは、外から見れば独自性でも、内側にいる人間には日常に埋もれてしまう。
顧客の側も同じである。
不満や違和感や欲求は、本人にとって日常の一部であることが多い。
言語化されない。
比較もされない。
問題として意識されない。
だから、そのままでは問題として立ち上がらない。
つまり、見えない価値とは、存在しないものではない。
存在しているが、近すぎて見えていないものなのである。
ここに、潜在価値開発の意味がある。
見えないものを新しく作るのではない。
すでに存在しているが見えていないものを、発見し、言葉にし、価値として立ち上げる。
そこが重要なのだ。
機能価値だけでは差がつきにくい
AI時代に見えない価値が重要になる理由の一つは、機能価値だけでは差がつきにくくなるからである。
機能は比較されやすい。
数字にしやすい。
表にしやすい。
説明しやすい。
だからこそ、AIによっても整理しやすく、標準化されやすい。
もちろん、機能価値が不要になるわけではない。
品質や性能や利便性は、これからも重要である。
だが、機能だけでは、決定的な差になりにくくなる。
なぜなら、見えるものほど比較され、模倣され、均質化されやすいからである。
そのとき前面に出てくるのは、
なぜその企業がそれをつくるのか
どんな意味を込めているのか
どんな世界観を提示しているのか
という、見えない価値である。
機能は必要条件であっても、十分条件ではなくなる。
十分条件として前面に出てくるのが、意味や思想である。
感覚価値・意味価値・思想価値
私は以前から、価値には少なくとも複数の層があると考えてきた。
機能価値だけでなく、感覚価値や意味価値さらにその背後の思想価値がある。
感覚価値とは、デザインや音楽などで表現された価値で、人の感覚に働きかける価値である。これも今機能的価値以上の重要性をもっているといってもいい
意味的価値とはその商品や企業やサービスが、顧客に対してどんな意味を伝えているか、である。
顧客は、商品を買うと同時に、そこに込められた意味や位置づけを受け取っている。
それを使うことが、自分にとってどういう意味を持つのか。
その情報が顧客の中でどのような世界観や自己認識につながるか、ということである。
どんな生活や感覚や物語に結びつくのか。
ここで価値は一段深くなる。
そして思想価値とは、その企業や商品が、どんな考え方や基準の上に成り立っているか、である。
何を大事にしているのか。
何を実現したいのか。
どんな視点で世界を捉えているのか。
ここまで届いたとき、顧客は単なる商品以上のものを受け取る。
この意味価値と思想価値が見えない価値として、埋もれやすく潜在価値となりやすいものである。
潜在価値はどんなものか
第1章で見たように、缶コーヒーブランドの場合も、豆の種類や製法などの機能的価値で争われていて、缶コーヒーのほっと一息入れるというカテゴリーの意味価値が潜在していた。それを言語化さ、表現し、訴求したので、顧客にインパクトを与えた。
高級化粧品メーカーの場合は、今まで解決できない肌問題を解決すると言う、他社の追随ではないパイオニア精神に満ちた開発の根本発想という思想価値が潜在していた。それを顧客に伝えると、大ヒット商品以上に感情を動かした。
ヤクルトレディの事例でも、腸の健康の重要性、腸の健康を維持する乳酸菌、乳酸菌研究の長年の蓄積、などのヤクルト本社の思想価値、意味価値、がヤクルトレディの顧客に十分に伝わっておらず、潜在化していた。それをストーリー化し、伝えることによって顧客の感動を呼んだ。
こうしたことは、他にも多数あった。
京都で和物の衣料などを扱う企業の潜在価値開発でも、同じようなことが起きた。
企業とのインタビューを通じて見えてきたのは、和柄とは単なるデザインではなく、願いや、祈りなど、想いを込めた意味価値があるということである。
例えば、「鬼滅の刃」の登場人物は和柄を着ているが、禰󠄀豆子の麻の葉の柄は、子供の成長を願うもの、鱗滝左近次の鱗の柄は着る人の安全への祈り、厄除である。
この意味価値を企業側は当たり前すぎて全く意識していなかった。
それをストーリー化して対象顧客に示したところ、
「私、恥ずかしい。日本人なのに、こんなことも知らなくて」
という強い反応が返ってきた。
ここでも顧客が受け取ったのは、商品そのもの以上に、埋もれていたその背後にある意味価値だった。
野菜飲料メーカーのコンサルティングをしたときも、野菜とはなぜ身体にいいのか、という誰も当たり前すぎて考えても見ない根本的なカテゴリーの意味価値や消費者の安全から無添加にこだわる企業の開発発想の思想価値を抽出した。
そしてこの思想価値のストーリーを消費者に評価を聞いた。
すると、
「野菜の本当の価値を初めて知った」
と言う感想や
無添加へのこだわりについても
「この会社の真に顧客のことを考えている哲学に感銘を受けました」
と言う感想を得た。
それまで、無添加はパッケージに表記されているだけで、思想価値はまったく伝わっておらず、埋もれていた。
AI時代には何が現れてくるのか
AI時代に前面に現れてくるのは、まさにこの層である。
機能は見えやすい。
比較しやすい。
標準化しやすい。
だからAI時代には、機能や処理の部分ほど相対化されやすい。
AI時代とは、機能の時代が終わるということではない。
機能の裏にある意味や思想の価値が、より前面に出る時代なのである。
これは、見方を変えれば、企業にとっては厳しい時代でもある。
なぜなら、表面的な差別化やそれらしい言葉では通用しにくくなるからだ。
本当に何を大事にしているのか。
どんな意味を込めているのか。
どんな世界観を持っているのか。
そこが問われる。
実際にはそれらはいままででも重要な成功要因にだったのである。
それがAI時代にはより前面に出てくるのである。
だが同時に、それは大きな機会でもある。
今まで埋もれていた企業の潜在価値が、きちんと掘り起こされ、言葉になり、戦略化されれば、大きな力になりうるからである。
見えない価値は、発見されるだけでは足りない
ここで重要なのは、見えない価値は、ただ見つければよいわけではないということだ。
発見する。
言葉にする。
意味づける。
顧客や市場に伝わる形にする。
さらに、経営戦略や商品やブランドや組織に落とし込む。
そこまで行って初めて、見えない価値は現実の力になる。
つまり、見えない価値とは、
発見されるべきものであると同時に、
定義され、構造化され、戦略化され、伝達され、実装されるべきものでもある。
ここまで行かなければ、潜在価値は潜在価値のままで終わってしまう。
価値の発見だけでは足りない。
価値を現実に変えるところまでが必要なのである。
だから、潜在価値開発とは、単なる発見作業ではない。
見えない価値を、企業や市場を動かす力へと変えていくプロセス全体を指している。
潜在価値の時代とは何か
ここまで来ると、「潜在価値の時代」という言葉の意味も、よりはっきりする。
それは、突然まったく新しい価値が出現する時代ということではない。
むしろ、これまで存在していたが、見えず、言葉にならず、十分に価値化されてこなかったものが、前面に出てくる時代である。
企業の中に眠っていた価値。
顧客の中に潜んでいた価値。
市場がまだ意味づけていなかった価値。
それらが、AI時代という条件変化の中で、相対的に重要性を増していく。
だから、潜在価値の時代とは、
見えない価値が、経営戦略の中心課題になる時代
だと言える。
本稿は、連載 『潜在価値の時代』 の第5回である。
ここでは、潜在価値とは何か、を述べてきた。
では、潜在価値は、どうすれば実際に発見できるのか。どうすれば、それを戦略化できるのか。
次回は、その問いに答えていきたい。