
2026年6月24日 14:14
前回、私は、AI時代の本質は、目に見えない価値が浮かび上がってくることだと述べた。
では、私かそのような潜在価値にどうやって気づき、戦略理論化したのかを述べてみよう。
仮説創造理論がない
私はヤクルト本社に入社以来、長くマーケティングに携わってきた。
その間、さまざまな理論や手法を学んだ。
しかし、最終的にはどれも飽き足らなかった。
最初に学んだのは、P&G流のマーケティングだった。
これは、メーカーのマーケティング部門に配属された者なら必ず行くと言われるほど有名な講座で実践的な経験知がよく整理されていた。
もちろん役に立たないわけではなかった。
しかし、理論的な背景が弱く、どこか物足りなさも感じていた。
そうしたときに出会ったのが、MITのマーケティングサイエンスだった。
フランス系マーケティングコンサルティング会社の日本支社長と知り合い、その頃のマーケティング部メンバー全員で学ぶことになった。
MITの教授が書いた本を教科書にし、実践事例も交えながら教わった。極めて体系的で、数量解析を中心とする緻密な方法論だった。
私はこれに強く感銘を受け、徹底的に学んだ。
東大の片平秀貴教授や法政大の小川孔輔教授が主催するマーケティングサイエンス研究会にも参加し、学者や他企業の人たちとも議論しながら、研究を深めた。
そしてヤクルトでのマーケティングに活かしていった。
しかし、しばらく研究と実践を続けるうちに、あることに気づいた。
この理論と方法は、仮説検証の緻密な理論ではあっても、仮説づくりの理論ではなかった。
仮説については「アート」と位置づけられ、アートと科学の融合と呼ばれていた。
つまり、さまざまな情報に触れているうちに、仮説がアートのように浮かび上がってくる、という考え方だった。
しかし、そこに理論も方法もなかった。
私は、それではもの足りないと思った。
偶然に頼っていては再現性がない。
仮説をどうつくるかにも、理論と方法が必要だと考えた。
仮説創造理論づくりの始まり
そこから、仮説創造の理論づくりが始まった。
その後、私は研究対象領域をマーケティングだけでなく、企業の経営戦略へ広げていった。
マイケル・ポーターの競争戦略論など大量の本も読んだが、方向性は示されていても、どれも最終的にはかなり大雑把で緻密さに欠けると感じた。
つくった仮説を整理して説明するのには有効ではあったが、これで本当に、企業独自の有効な経営戦略がつくれるのだろうか。
そんな疑問を持った。
その中で唯一共感したのが、企業の持つ資産を活用するリソース・ベースド・ビュー戦略だった。
そこには、その企業独自の戦略をつくりうる可能性があると感じた。
私は世の中に流布している経営戦略理論が欧米からの輸入ものばかりであることを残念に思っていた。日本独自の理論を創りたいと思った。
そうした探究と実践を繰り返すうちに、私はヤクルトの中に、埋もれたまま活かされていない資産が数多くあることに気づいた。
それは、創業理念、健康の概念、商品開発の発想、品質管理の基準、販売の発想などである。
戦略的価値になりうるものが数多くあった。
そこで私は、それらを社員インタビューで抽出し、ストーリー化して消費者に提示してみた。
すると、企業への印象が劇的に変わるような評価を得た。
そこで、このストーリーをベースに広告やPRを行った。
私がヤクルト本社にいた時代、ヤクルトレディの顧客の年間継続率は約70%だった。
決して低い数字ではない。
だが、このままでは毎年新規顧客を30%増やさなければ前年を維持できない。これはヤクルトレディにとって大きな負担である。
そこで、既存顧客へのアプローチだけで顧客の維持はできないかと考えた。
そして既存顧客の維持に、潜在価値を抽出してつくった企業ストーリーを活用してみようと思った。
前述した、腸の健康の重要性、乳酸菌カテゴリーにおける腸の健康維持の優位性、ヤクルトの乳酸菌研究の深さなどを伝える内容である。
これをヤクルトレディの顧客グループに見せて評価してもらうと、「ヤクルトさんは、凄い」という感嘆の声が上がり、拍手が起こった。
しかも、それは一度だけではなく、やるたびにほぼ同じ反応だった。
普段からヤクルトレディを通じて話を聞いている顧客ですら、その様な反応だったのである。
結果として、一年後の顧客継続率は95%、客単価も8%上昇した。
既存顧客だけで、前年を超えたのである。
潜在価値を使えば、ヘビーユーザーでもそれだけの理解深化の余地があることがわかった。それはその後に関わったどのカテゴリーでもそうだった。それなのに、どこでも放置されたままになっている。ここに戦略的機会があると気づいた。
ヤクルトジョアのブランド戦略では、ジョアの潜在したものを顧客リサーチによって徹底的に引き出した。この場合は顧客側に潜在価値があった。
ジョアはその時点で約40年の歴史があるロングセラーブランドだった。
だから顧客の中に沢山のイメージのストックが眠っていた。
それを引き出し、それをもとにブランド戦略をつくり、広告をつくって発信した。
たとえば、ジョア独特の容器形状、40年前の浜口庫之助作曲の 思わずリフレインしてしまうCMソング。そして人に例えれば、妹のイメージ。だから、CMキャラクターには、当時19才のフレッシュな新人女優剛力彩芽さんを起用した。
その結果、広告調査会社のCM好感度評価でナンバーワンとなり、売上も前年比178%になった。
これは、別に私の成果を自慢したいのではない。
潜在価値を戦略化し、企業ストーリーや広告にしたとき、どれほど劇的な効果があるかを示したいだけである。
これらの過程を通じて私は、埋もれた価値を引き出す方法を確立するとともに、その効果に確信を持つに至った。
そこで、この方法を世の中に広めたいと思い、ヤクルト本社から独立した。
そしてこの理論と方法を大企業を中心とした顧客に提供してきた。
「潜在価値」の誕生
独立にあたり、私はこの考え方に名前を与えようとした。
そこでつくった造語が、「潜在価値」である。
当時は辞書にも載っていない言葉だった。
その後、企業の事例を積み重ね、それをもとに『潜在価値マーケティング』を出版した。
ただし、この理論はマーケティング理論に限定されるものではない。経営戦略理論である。
本来なら、「潜在価値開発」という表題にしようと思ったが、これだけでは何のことか分からないだろうと思い、主要な活用場面のひとつであるマーケティングを入れ、読者にイメージしやすくした。
潜在価値開発理論はリソース・ベースド・ビューの考え方を参考にしたわけではない。仮説創造理論を創ろうとする実践のなかで共通の部分もあったということだ。
リソース・ベースド・ビューとの違いは、その競争優位を創り出す資産とは明らかで自明なものではなく、そもそも埋もれてしまっていて見えないものであるという認識である。つまりわかっている所与のものではないということだ。
したがって引き出したり、創り出したりする必要がある。
つまり潜在価値は開発する必要がある。
さらに外部の市場をみる時にも、固定的・静態的な競争空間とみるのでなく、新しい問題がつくれないか、新しいカテゴリーはつくれないか、新しい世界観をつくれないか、と動態的・創造的にみていく。
この詳細は次回以降に述べていきたい。
本稿は、連載 『潜在価値の時代』 の第4回である。
ここでは、私がなぜ潜在価値理論をつくったか、を述べてきた。
では、潜在価値とは一体なにか。
次回は、そのことを述べていく。