新連載「潜在価値の時代」を始めます。
生成AI時代の本質は、見えるものが可視化・自動化・標準化されることで相対化し、その結果、見えない価値が前面に出てくることにある。この見えない価値を潜在価値と名づけた。
だから私は、これからを潜在価値の時代と呼びたい。
本連載では、この変化を起点に、経営、戦略、唯一性、主体性、そして潜在価値開発の本質を掘り下げていきます。
第1回は、「断絶の時代」から「潜在価値の時代」へ。
その出発点となる時代認識を書きました。
中学生の頃、父が買ってきたドラッカーの『断絶の時代』が家の本棚にあった。
分厚いその本は、題名も装丁も含めて、私に強烈な印象を残した。内容はほとんどわからなかった。ただ、何か時代そのものを語る大きな本がそこにある、という感覚だけは強く残った。
社会人になってから、私はドラッカーを読むようになった。いま振り返ると、私はずっと、時代を表す言葉に惹かれてきたのだと思う。
そしていま、生成AIの登場によって、再び時代を名づけるべき変化が起きている。
ただし、本質は単純な「AIがすべてを変える」という話ではない。
AI時代に起きている本当の変化は、見えるものが可視化・自動化・標準化されることにある。
その結果、見える価値だけでは差がつきにくくなり、経営戦略の中心には、見えない価値が浮かび上がってくる。
私はそれを、潜在価値の時代と呼びたい。
私は埋もれていて見えていない価値を、約10年前に「潜在価値」と名づけた。
当時それは、企業に埋もれた強みや、顧客がまだ意識していない問題を捉えるための概念だった。
そして2018年、私はその考えを『潜在価値マーケティング』として出版し、世に問うた。
当時はまだ早すぎたのかもしれない。
しかし今、時代がようやくこの言葉に追いついてきたように思う。
本稿で捉えたいのは、AIの性能競争ではない。
AIによって何が可視化・自動化・標準化され、その結果として何が新たな価値として浮かび上がるのか、である。
いま始まろうとしているのは、知識が主役だった時代の次に来る、潜在価値の時代なのである。
知識の時代のその先で
ドラッカーが『断絶の時代』で捉えたのは、知識が社会の中心資源となり、知的ワーカーが主役になる時代の到来だった。
それは、工場労働や物的生産が中心だった時代から、知識を持ち、情報を扱い、判断し、組織の中で知的成果を生み出す人間が中心になる時代への転換だった。
企業のあり方も、働く人間の位置づけも、経営の意味も、その転換によって大きく変わった。
だがいま、生成AIの登場は、その前提そのものを揺さぶっている。
知識を持つこと。
情報を整理すること。
文章を書くこと。
比較すること。
分析すること。
こうした知的処理そのものが、以前ほど特権ではなくなりつつある。
それらはAIによって可視化され、自動化され、標準化されていく。
もちろん、知識が不要になるわけではない。
思考が不要になるわけでもない。
だが、知識を持つことや、知識を処理すること自体が、かつてのような強い差別的優位ではなくなっていくのは確かだろう。
この変化の意味は大きい。
知的ワーカーの時代において価値の中心にあったものが、相対化され始めているからである。
見えるものが飽和するとき
ここで重要なのは、AIが新しい何かを直接つくっているというより、まず見えるものを大量に処理できるようにしていることだ。
情報整理、要約、比較、構造化、文章化。
これまで時間と熟練を必要とした知的作業の多くが、いま急速に扱いやすくなっている。
その意味で、AIは一種の知的インフラである。
ただし、従来とは違うレベルのインフラだ。
人間の知的処理の内部にまで入り込み、それを加速させ、広げ、標準化していく。
だが、インフラは価値そのものを決めない。
インフラの上で、何をするかが問われる。
電気がそうであったように、インターネットがそうであったように、AIもまた、それ自体が最終価値ではない。
問題は、その上で何を構想し、何を実装し、何を価値として立ち上げるかである。
そして、見えるものが可視化・自動化・標準化されるほど、見えるものだけでは差がつきにくくなる。
整理された資料、一定水準の文章、比較表、分析のたたき台、仮説の初稿。
これらは依然として必要だが、それ自体が決定的な競争力にはなりにくい。
つまり、見えるものが飽和するとき、次に価値を持つのは、まだ見えていないものになる。
新しい断絶の時代の始まりである。
それは「消費者インサイト」だけではない
ここで「潜在価値」という言葉を使うと、読者の中にはまず、消費者インサイトのようなものを思い浮かべる人もいるかもしれない。
たしかに、それも潜在価値の一部ではある。
顧客自身もまだはっきりとは意識していない欲求や問題。
言葉になっていない違和感や、本音。
そうしたものは、ビジネスの成功要因として昔から重要だった。
しかし、本稿でいう潜在価値は、それにとどまらない。
潜在価値とは、顧客側に限られた概念ではない。
企業の中に当たり前すぎて埋もれている強み、歴史や哲学の中に眠る独自性、社員の無意識の基準、カテゴリーそのものの再定義可能性、社会がまだ問題として見ていないテーマまで含む、もっと広い概念である。
これまでのビジネスの成功の中にも、実はこうした潜在価値の発見は多く含まれていた。
ただ、それは統一した言葉で捉えられていなかった。
部分的には「消費者インサイト」などの言葉で語られていたが、それでは対象も狭く、企業側に埋もれた価値までは十分に含められない。
しかも、消費者インサイトは、しばしば想像されるほど固定的なものではない。
企業側が、抽出した潜在価値をもとに新しいストーリーを提示すると、消費者の理解や評価は驚くほど簡単に変わることがある。
これは私が、何百回という消費者調査の現場で繰り返し見てきた現実である。
暗黙知でもない
また、読者によっては「暗黙知」を連想するかもしれない。
たしかに暗黙知は、言語化されていない知恵であり、潜在価値の重要な源泉になりうる。
しかし、暗黙知そのものが、そのまま価値として機能するわけではない。
それが発見され、言語化され、競争優位性につながるものとして定義され、検証されて初めて、潜在していた価値として立ち上がるのである。
だから私は、これまで部分的に語られてきた成功の源泉を、より広く、より本質的に捉えるために、「潜在価値」という言葉を使ってきた。
私自身にとっての原型
いま振り返ると、私の中ではこの発想の原型は、潜在価値という言葉を作るより前から動いていたのだと思う。
ヤクルト本社でマーケティングに携わっていた頃、缶コーヒーブランドの戦略を担当したことがある。
当時の缶コーヒー市場では、豆の種類や製法などが主な差別化要素だった。
つまり競争は、商品の属性や機能といった、見えやすい価値のレベルで行われていた。
しかし私は、そこではなく、缶コーヒーというカテゴリーそのものの価値に着目した。
缶コーヒーとは、単なる飲料ではない。
日常の中で、ちょっとひと息いれるためのものだ。
私が訴求したのは、そのカテゴリー価値である。
いま振り返れば、これは商品の次元ではなく、カテゴリーの次元へと価値を引き上げる試みだった。
つまり、見えている差別化ではなく、その背後にある意味を定義し直すことだったのである。
そこで私は、「ホッとするとき、珈琲たいむ」という広告コピーをつくり、広告を投下した。
その結果、売上は前年比169%と伸長した。
数年後、北海道支店に異動した際、スーパーの地区バイヤーからこう言われた。
「あのときの珈琲たいむは凄かったね。私も取扱たかった」
その言葉は、単に売上が伸びたという以上に、価値の見せ方そのものが市場に印象を残していたことを示していた。
しかし良いコンセプトは、強者がより大きな資源で取りに来る。
実際、トップブランドの「ジョージア」は、同じカテゴリー価値を「男の安らぎ」と表現し、圧倒的な広告投下量で市場全体を席巻していった。
まさに強者の戦略である。
そこから私は、コンセプトだけではなく、競争的地位と投資まで踏まえた戦略の必要性を学んだ。
だがそれでも、私の中で確信として残ったのは、ビジネスの決定的な転換点は、しばしば見えない価値の発見と定義から始まる、ということだった。
こうした経験は、その後数限りなく経験することになる。
たとえば、高級化粧品メーカーのコンサルティングでも同じことが起きた。
後に大ヒットする商品に関わったとき、私は、そもそもこうした商品発想がどこから生まれてくるのかを探っていった。
その結果たどり着いたのは、これまで解決できなかった肌の問題を解決する、という研究開発の根本発想だった。
しかし、その発想は社内ではあまりにも当たり前すぎて、価値としてほとんど言語化されていなかった。
ところが、その考え方をもとに消費者調査を行うと、
「そういう発想の企業の商品なら何でも買いたい」
という評価が返ってきた。
つまり、消費者がより強く反応したのは、大ヒット商品そのものよりも、その背後に潜在していた開発の発想だったのである。
これもまた、当たり前すぎて見えていなかった潜在価値の発見だった。
いま起きていること
いまAIについて発信されている情報には、煽りが多い。
AGIが来る、すべてが変わる、エージェントが仕事を代替する。
そうした語りは確かに人の注意を引く。
だが、本質はそこではない。
本質は、AIによって見えるものが処理されやすくなったことで、人間や経営の本来の仕事が逆にあらわになってきたことにある。
何を見ようとするのか。
何を価値とみなすのか。
何を独自性として定義するのか。
何を市場に問いとして立てるのか。
どんな未来を構想するのか。
こうしたことは、いくら道具が進化しても自動的には決まらない。
だからこそ、見えない価値が、これからの経営戦略の中心になる。
しかもこれは、まだ抽象的な構想にとどまっているわけではない。
すでに企業内で実施した、生成AIを活用して潜在価値を理解し、発見し、戦略化するプログラムでは、良い実証結果が出始めている。
本稿で述べることは、単なる観念ではなく、現場で確かめられつつある現実でもある。
これから始まる時代
ドラッカーが『断絶の時代』で捉えたのは、知識が社会の中心資源となり、知的ワーカーが主役になる時代の到来だった。
だが、生成AIの登場は、その前提そのものを揺さぶっている。
知識を持つこと、整理すること、書くこと、分析すること、それ自体はもはや特権ではなくなりつつある。
新しい断絶の時代の始まりである。
そのとき次に浮かび上がるのは、まだ見えていない価値である。
だから私は、これから始まる時代を「潜在価値の時代」と呼びたい。
本稿は、連載 『潜在価値の時代』 の第1回である。
AI時代に何が変わるのかではなく、AI時代に何が本質になるのかを、潜在価値という視点から考えていきたい。
だが、その時代を考えるためには、まずAIそのものをどう位置づけるかを整理しなければならない。
AIは万能な存在なのか。単なる道具なのか。
その問いから、次回は始めたい。
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