自らが陥っている罠に気づく
1章では従来のマーケティング原理の限界について述べた。それと同時に認識しておく必要があるのが本章で述べる「どんな企業も陥りがちな罠」である。
これは決して誇張しているのでもなく、実際に多くの企業がビジネスをする中で、あるいはマーケティング活動を行う中で知らず知らずに嵌ってしまっているものだ。罠に陥っていることが認識できていればいいのだが、自らを客観視するのが難しいのと同じように、自らが「罠に陥っている」ことを知るのも困難である。「罠」を「罠」と認識できていないから嵌ってしまうのだ。
「潜在価値開発」とはこのような罠に陥らない方法でもある。このことを「潜在価値開発」を構成する8メソッドの「俯瞰のメソッド」と「死角のメソッド」を使って説明しておきたい。
死角のメソッド:陥りがちな12の罠
ビジネスには見えない罠が潜んでいることを認識した上で、陥りがちな「12項目の罠」について具体的に見ていこう。おそらく皆さんも思い当たる節があるのではないかと思う。
| 死角のメソッド:陥りがちな12の罠 | 業界の常識や無意識が生む「死角」の実態 |
|---|---|
| ①自分のことほど分からない | 差別的優位性は自社にとって当たり前すぎて埋もれてしまう |
| ②顧客も自分のことは分からない | 顧客は詳細な比較検討ではなく、無意識(イメージ・感情)に影響されて選択している |
| ③顧客との見方がズレる | 「業界の常識」で市場を見てしまうため、顧客の認識と鮮明な断層ができる |
| ④市場を概観してしまう | 数字のシェアやデータだけで判断すると同質化競争に陥る。実際に手を突っ込んでみないと勝機は見えない |
| ⑤反射的・習慣的に考えてしまう | 高度成長期さながらに「新規顧客獲得・若年層への拡大」と反射的に考えてしまう罠 |
| ⑥前提を跳ばす | 企業が「知っていて当然」と思っている基本的な知識を顧客は知らない |
| ⑦企業の言葉で表現してしまう | 顧客ベネフィット(喜びや不安解消)ではなく、微細な商品・サービスの「機能」を語る |
| ⑧それらしくつくってしまう | いかにもコピーらしい、どこかで見た感じの表現をしてしまう。消費者のバランスを崩さないと印象に残らない |
| ⑨プロに任せきってしまう | クリエイティブや撮影のプロであっても、自社のプロ・自社の顧客を知るプロは自社である |
| ⑩うまくいくかを確かめない | 表現開発(コミュニケーション)の段階で、これで伝わるかのリサーチ・市場テストはほとんど行われていない |
| ⑪流行りの媒体ばかり追いかける | 表現開発(なにを伝えるか)が十分できていないのに、流行りのデジタルツールや媒体ばかりを追いかける |
| ⑫広告代理店に丸投げする | 自社の差別的優位性が分かっていないのに、既存の価値のオリエンだけで任せてもうまくいかない |
①自分のことほど分からない
「差別的優位性=唯一性をうまく表現する」ということが最も難しい。ビジネスを成功に導く中にはさまざまな死角があり、知らず知らず罠に陥りやすいことはすでに述べたとおりである。
その根本要因は、自分のことを客観的に見るのが難しいように、企業も個人の集合であるので、自社のことを客観的に見るのは難しく、自社の差別的優位性を見誤る、見落とすものであるということだ。これは人間の根本的な本性に関わる問題であり、どんな企業にも当てはまることである。実際ご支援したすべてのクライアントに当てはまっていた。私は前職でこのことに気づき、「どんな企業も陥りがちな罠から脱出する方法」を開発し、これが今の「潜在価値開発」の源泉となっている。
②顧客も自分のことは分からない
自分で自分の差別的優位性が分からなくともベビーユーザーなら、きっと自社の差別的優位性=唯一性を理解してくれているだろう。なぜなら、実際にお金を払ってモノやサービスを買ってくれているわけだから――。
そのように考えたくなるのが人情だ。ところが実際にヘビーユーザーに聞けば自社の差別的優位性が分かるかといえば、実は分からないのである。皆さんも思い当たるところがあるだろう。自分がなぜその商品を買ったのかと聞かれて、明確に答えられるだろうか。もちろん聞かれれば、なにかもっともらしいことは答えるまとめを語るかもしれない。しかし、それは真実の答えではないことのほうが多い。「なぜこの商品を選びましたか?」と聞かれれば「機能性が高いから」と答える。だが、実際にはほとんど無意識でその商品の選択をしているのである。別の言い方をすると、理屈だけでなく感情(そのときの気分やそれまでに蓄積されたイメージ)で選択していくからである。
こんな例がある。銀行から依頼されたカードローンの顧客獲得プロジェクトで、実際のカードローン利用顧客のリサーチをしたときのことである。お金を借りるのだから、損得をはじめ種々比較検討して、論理的に判断しているだろうと思っていたのだが、実際にはイメージ的な判断をしていた人が多かった。顧客はあまり比較検討せず「A社で借りるのは怖い、こちらなら安心」というように、論理的な根拠が薄いイメージだけで判断していたので驚かされたのである。深層の無意識の中にある過去のストックイメージに影響されていることを読み解かなければ、真実の理由は分からない。
③顧客との見方がズレる
どのような業界にも「業界の常識」とされるものがある。しばしば企業は自分たちの業界の常識でもを見たり判断してしまい、顧客の見方とズレてしまうことがある。例えば、ある文具のリサーチを行ったときのケースでは、文具メーカーは市場は3つのカテゴリーに分かれていて、その中の1つのカテゴリーのシェアを高めたいという意向を持っていた。ところが実際に顧客をリサーチしてみると、顧客はその3カテゴリーの区分をまったく認識しておらず、すべてを同一のカテゴリーと認識していた。つまり文具メーカーと顧客の見方はまったくズレていたのである。
④市場を概観してしまう
数字で市場伸長率・シェア・販売数量・顧客数を見て方向性を決めることは、一般的に実行されているので何の疑問も持たないことが多いが、市場を数字で概観しているかぎり、多少セグメントしたところで、誰が見ても同じような判断となり、同質化競争になり、差別的優位性をつくることができない。実際に市場に手を突っ込んで消費者の意識の中に入っていくとまったく違う様相が見えてくることが多い。
あるブランドの販売シェアは5%程度で、市場のトップ2は合せて90%ものシェアがあった。普通に考えれば、その圧倒的な差からこれは勝ち目がないとあきらめるのが概観的な見方である。ところが実際の顧客の意識に手を突っ込んでみると、トップ2のブランドロイヤリティは販売シェアほど強くはなかった。つまり「行動ヘビー・マインドライトの法則」に当てはまっていたわけである。トップ2のあまり高くないブランドロイヤリティを見てこれなら勝てる可能性はあると判断した。そして実際に「潜在価値開発」によってひっくり返すことができたのである。
また、別の業界では「早い」「安い」「簡単」という競争原理で競合が争っていた。しかし、顧客の意識の中に入りこんでみると、まったく違った様相が見えてきた。その企業の顧客は「早い」「安い」「簡単」などを企業に求めておらず、「安全」「安心」「信頼」を求めていた。そこから、マーケティング戦略をまさに真逆に転換したのである。
⑤反射的・習慣的に考えてしまう
企業で戦略を考える人に共通する反射的・習慣的な思考癖がある。それは、常に「新規顧客・若い年代層」をターゲットにしたがるということだ。少子高齢化、人口減少時代になっても、反射的・習慣的に高度成長期の先輩世代の思考癖を受け継いでしまっている。今の若年層は有望な市場ではない。市場規模は団塊の世代の半分以下であり、消費意欲は低い。にもかかわらず、新規顧客で若い層を狙いたいという企業が多いのである。
浸透率は高く見えても、購入頻度が高くないということもある。高い購入頻度を取っているなら若年層に目を向けてもいいが、実際よくよくみて見るとほとんどがシニア層すら取り切れていない。ないものねだりよりも、まず得意領域の得意な顧客をもっと取り切るべきなのである。それがもっとも効果的かつ効率的な行動だろう。
⑥前提を跳ばす
「前提」とは、企業が顧客は既に知っているはずと思っている基本的な知識である。しかしここに盲点がある。商品やサービスの基本的な知識を顧客は知らなかった、知らない顧客が多かったということが実に多い。そんなことは当然知っているはずと跳ばしてしまい、うまくコミュニケーションができていない企業が多いのである。
銀行のカードローン調査をしてみると、お金を借りたことがない人はお金の借り方をまったく知らなかったのである。「キャッシュカードでお金が借りられる」と思っていた人も少なくなかった。そこでまずは、お金の借り方を教えたり、借りるにあたっての不安感を解消する必要があることが分かったのである。弁護士事務所のコンサルティングでも同じだ。ほとんどの方はどうやって弁護士へ相談したらいいかをまったく知らない。どこまでが無料でどこからが有料になり、その後どんな料金体系になっているのか分からない。ですからまず顧客に相談の仕方や料金体系をきちっと教える。この「前提」を跳ばして顧客とコミュニケーションしてもかみ合うはずもないのである。
⑦企業の言葉で表現してしまう
消費者の求めているものは自分にとっての便益=ベネフィットである。しかし、どうしても企業は自らの言葉で機能的、特徴的なことを語ってしまう。あまりに微細な機能の差を語ってしまうことが多い。それは決して顧客の求めている情報ではない。顧客が何に喜び(快の充足の価値)や不安・心配の解消(マイナス解消の価値)を感じるのか。そこを深いコミュニケーションによって探る必要がある。
⑧それらしくつくってしまう
CMにしてもコーポレートスローガンにしても「こういうものはこういう感じ」という固定観念があるケースが多い。ある企業の企業理念作成プロジェクトで「Inspire the Next」のようメッセージをつくって欲しいと要望されたことがあったが、それではありきたりでメッセージとしてのインパクトが薄い。「それらしい」ものとは大きく違うものをつくらなければ自社の哲学、姿勢、想いなどが表現されたものにはならないのである。
⑨プロに任せきってしまう
広告やマーケティングの現場でも自分たちは運用管理しかしていないので、コンテンツ制作はプロに任せているというケースも少なくない。しかし、つくっているのは自社のCMである。自社のプロは自社である。制作ディレクターや監督は撮影のプロであっても自社のプロではない。自社の顧客を深く知っているのは自分たちである。それなのに、その顧客に届ける大切なコミュニケーションメッセージの制作をすべてお任せではうまくいかないのである。
⑩うまくいくかを確かめない
有効な方法が「リサーチ・市場テスト」である。しかし、すべての段階でこれをきちっとやっている企業はほとんどない。ビジネスはいきなりうまくいくものではなく、柳井さんが仰るように「1勝9敗」で最初はほとんどが失敗するものである。「顧客の求めているものを見つける」という商品開発の段階ではリサーチを実施されている企業は多いが、「差別的優位性をうまく表現する」というマーケティングコミュニケーションの段階で、きちんと確かめている企業は非常に少ない。
私が前職のヤクルト本社の広告部長時代、このような表現開発のためのリサーチや市場テストを徹底してやっていたが、「そんなことをしている会社はありませんよ」とよく言われた。こちらが意図した通りに顧客が理解してくれないものは、存在しないも同然である。「差別的優位性をうまく表現する」表現開発が「うまくできているか」をリサーチ・市場テストで確かめ、それから本格展開する。見過ごされてしまいがちだが、もっとも重要なことである。
⑪流行りの媒体ばかり追いかける
どんなに優れたビジネスモデルや商品をつくっても、それがうまく表現できていなければ、どんな効果的な媒体を使おうが効果はでない。手段にすぎない流行りの手段を追いかけている間に足元のことが疎かになっている企業はとても多い。流行りのものはあくまで「伝える」手段だ。自分が「なにを(唯一性)」を伝えるべきか明確にし、きちんと表現できてこそ、そうした媒体やツールを使う効果があるのである。
⑫広告代理店に丸投げする
既存の価値をオリエンテーションしただけで企業が広告代理店にマーケティングコミュニケーションを「丸投げ」しているようでは、ビジネスがうまくいかない。現在はいうまでもなくインターネット時代になり、消費者とのコミュニケ―ションルートが多様化・双方向化し、消費者ニーズも多様化し成熟している。この現実があるのに「丸投げ」構造のままでは、ビジネスがうまくいかないことは容易に想像できるのではないだろうか。
広告主と広告代理店の役割分担
表現開発の前段階である「ビジネスモデルをつくる」ことや「商品を開発する」ことは、広告主が自前で自己完結的にできるのに対して、表現開発の段階から表現を具現化するために、広告代理店等外部の協力が必要になってくるからである。この協力体制のつくり方がなかなかうまくいかない。どこまでを広告主側が担当し、どこからを広告代理店に任せるかが社内で明確になっていないことが多いのである。
メーカーは商品開発に逃げる
「メーカーは商品に逃げがち」である。今ある商品を顧客に対しうまく表現開発することができていないというのが、本当の課題であるケースが多いのである。ところが、こうした真の課題に向き合えず、新商品を要求する。その結果、不必要で過剰な商品開発が行われ、ちょっと目先を変えた商品、本当の差別化ではない差異化商品の開発に忙殺されることになる。
新商品を出せば短期的には売上は上がるのだが、本質的な課題(表現開発)は解決されていないので、すぐ元に戻ってしまう。商品力のある商品を持っているメーカーの場合は、マーケティングコミュニケーション力を高めるほうが先決で効果的ということだ。
情報開発とクリエイティブ開発の罠
まず、そもそもの大前提として「表現開発」は「情報開発」と「クリエイティブ開発」に分けて考えなければならない。
- 「情報開発」=顧客にどういう情報を伝えるのが効果的かを明らかにする(WHAT:広告主の役割)
- 「クリエイティブ開発」=その情報を媒体に最適化させてコピー化・ビジュアル化する(HOW:広告代理店の仕事)
自社の差別的優位性が明確に分かっており、その情報の顧客における重要度の評価も行って、どうすればうまくいくか分かっている状態が「情報開発」できている状態である。しかし、ほとんどの企業がこの過程をきちんとできていない。そのため、オリエンテーションシートが単なる商品仕様書レベルになっていることがよくある。
こうした現象はBtoC企業だけでなく、BtoB企業でも同じように見られる。BtoB企業の担当者が「こんなに顧客企業に自社のことが伝わっていなかったとは」と愕然とする場面に遭遇することが多い。
世界的な器械メーカーの顧客インタビューでは、トータル的なソリューションを提供できる企業なのだが、顧客インタビューをしてみるとある単品の商品しか認識されていなかった。トータルソリューションの内容を文章化(ステートメント化)して、評価を取ってみると、「えっ!そんなことまでしてくれるの。知らなかった」という反応が驚くほど多数返ってきたのである。営業が直接顧客と接しているから「顧客のことは分かっている」というのは、「思い込み」に他ならない。どんな業種業態であっても表現開発場面で企業と顧客のギャップはかならず存在している。そのギャップをなくす「情報開発」を正しく行えるようになることこそが、ビジネス成功の最大のポイントになるのである。
※この理論の全貌、および詳細な背景については、書籍『潜在価値マーケティング』にて詳しく解説しています。【Amazonでの購入はこちら】