第6章:「潜在価値マーケティング」が企業に革命を起こした!「潜在価値開発」実践事例

「潜在価値開発」活用事例については、5章までの中で一部触れたものもあるが、本章ではより具体的な内容をご紹介したい。非常にリアルな事例だけに「潜在価値開発」の内容理解に役立つものだ。

事例としては、以下の5つを挙げているが、それぞれタイプの異なったものを紹介している。ここに取り上げた業種業態、商品やサービスの形態にないものであっても「潜在価値開発」は、自分のことほど分からないという人間の本性に基づいたものであるので、業種業態を問わずさまざまな課題に対応できる根本理論である。

  1. ①情報開発(機能性商品型) ➔ ヤクルト本社「ヤクルト400」
  2. ②イメージストック開発(し好的商品) ➔ ヤクルト本社「ヤクルト・ジョア」
  3. ③戦略立案から実行まで一気通貫で支援 ➔ 中国銀行カードローン
  4. ④社風を表現化する(コーポレートブランディング) ➔ アルテリア・ネットワークス
  5. ⑤真のヘビーユーザーづくりを目指す ➔ カゴメ「野菜一日これ一本」

「 潜 在 価 値 開 発 」実 践 事 例 1( 情 報 開 発 ):ヤ ク ル ト 本 社「 ヤ ク ル ト 4 0 0 」

10数年ほど前に最初に「潜在価値開発」をした事例が、ヤクルト本社の基幹商品である「ヤクルト400」である。「潜在価値開発」の着想を得て、その発想に基づいて社員インタビュー・ユーザーリサーチ・ノンユーザーリサーチという「潜在価値開発」の基本ステップを踏み、情報開発を行ったのである。そこからヘビーユーザーの意識階層の4階層に応じたり、それをリサーチによって5つの仮説に絞り込んだのであった。

《優位性仮説のステートメント》
・第1階層:問題の認識の顕在化 ➔ ①健康のカギは「腸」にある
・第2階層:カテゴリーの優位性 ➔ ②腸の健康を守る乳酸菌のチカラ / ③乳酸菌飲料は乳酸菌食品のスペシャリスト / ④乳酸菌でカラダをキレイに / ⑤乳酸菌はたくさん摂るほど良いのです
・第3階層:コーポレートの優位性 ➔ ⑥ヤクルトの乳酸菌はプロバイオティクスです / ⑦世界27の国と地域の人々に飲まれています / ⑧創業者の思い。「予防医学」「健康長寿」 / ⑨ヤクルトの乳酸菌は医療現場でも活躍しています
・第4階層:プロダクトの優位性 ➔ ⑩トクホは、厳しい審査を受けて、国が認めた健康機能 / ⑪一つの乳酸菌に、1000の論文

仮説はキャッチコピーではない。内容を過不足なく説明したステートメント(文章)であるというのが基本だ。これをノンユーザーリサーチに掛け、効果の検証をした結果、「顧客が知らなくて知ったら重要と思う」ギャップが大きくインパクトの強いステートメントは、上記の太字(①、②、③、⑥、⑨)の5つに絞り込まれた。これらは確実に顧客の態度変容を起こし、ヘビーユーザーをつくり出せる構造化されたステートメントである。

「①健康のカギは「腸」にある」のステートメント全文
健康のカギは「腸」にある
腸の重要性を知っていますか?
腸は、私たちの「生命を維持するために最も大切な器官」なのです。
原始生命は腸のみでできていました。
生存に必要な栄養を外部から取り入れ、吸収して、その残りを排出する。もっとも単純な生物です。つまり、腸は最初にできた器官であり、生命の源であるといえます。
また、人間の腸には全身の免疫細胞の60%が集中しており、それらが体の中に入ってくるウイルスや病原菌を防ぐ働きをしています。
この二つの事実が、腸をいかに重要な器官であるかを証明しています。栄養を吸収し、免疫機能を担う腸。健康のカギは「腸」にあるのです。

確実に顧客の態度変容を起こすことができるステートメントが完成した1年後の2007年、私は異動で支店勤務となり、支店のヤクルトレディの営業責任者になるとともに、その支店管内の子会社の取締役も兼任することになった。そこで子会社の販売現場で活用してみようと考え、以下のような仕組みでテストを行った。

  1. ヤクルトレディに顧客への声掛けを行ってもらい、5〜6名の顧客を「お客様の集い」という形でヤクルトの営業所に集める
  2. 集めた顧客に「潜在価値開発」で開発した5枚のステートメントを見せて評価をしてもらい、意見を聞くという形で情報をインプットする
  3. その後の購入状況を顧客情報システムで追跡する

《結果》
この施策を実施するたびに、顧客からは「ヤクルトさんってすごい」「今までこんなにすごいとは知らなかった」と毎回、感動の嵐だった。大げさに思われるかもしれないが、それほど顧客のインパクトは大きかった。逆に言うとヤクルトレディというリアルな一対一の強力なコミュニケーションでもほとんど情報は伝わっていなかったのである。ヤクルトレディ・マネージャーも衝撃をうけていた。そして、1年後の追跡結果はこうなった。

  • 顧客継続率(年間):95%(通常の顧客継続率は75%)
  • 顧客販売単価:10%アップ

商品がリニューアルしたわけでも、購買条件が変わったわけでもなく、埋もれていた「潜在価値」を活用したコミュニケーションを行っただけで、見事に顧客のヘビーユーザー化に成功したのである。

《その後》
この施策は、私が担当した子会社では継続実施され成果を上げることができたが、やはりこのようにリアルな場面で継続実施していくのは、現場のマネージャーやヤクルトレディにとっては手間と時間がかかるハードなものであった。ヤクルトレディは訪問活動を毎日実施しており、時間的に余裕がない。従って全国展開することはしなかったが、その後、私は本社に戻り2010年に広告部長となり、この考え方でさまざまな施策で効果を上げることができた。リアルで強力な販売組織を持つ企業でなければ実施は難しいという懸念もあったが、2017年から「潜在価値開発」のデジタルマーケティングへの落とし込みを行ったところ、リアルで実施した場合と同様の結果を出すことができたのである。現在はそれを「潜在価値マーケティングプラットフォーム」として展開している。

「 潜 在 価 値 開 発 」実 践 事 例 2( イ メ ー ジ ス ト ッ ク 開 発 ):ヤ ク ル ト 本 社「 ヤ ク ル ト・ジ ョ ア 」

私は東京の本社に異動になり、広告部長となった2011年に「ヤクルト・ジョア」の「潜在価値開発」を実施した。「潜在価値開発」は主として情報を扱う「機能型商品」に適応されることが多いが、イメージを扱う「嗜好的商品」に適応することも可能である。

1.ジョアの状況:停滞していたブランド
ジョアは2011年時点、過去10年間で大きな落ち込みはなかったが、停滞という状況が続いていた。そこで商品のリニューアル(マイナーチェンジ)を行うとともに、それをきっかけとしたプロモーションを展開し、ブランドの再構築を図ることが企画されていた。

2.実施の考え方
通常、プロモーションに用いる広告制作の準備期間は6カ月程度であるが、ジョアの場合は1年間かけた。その理由は、潜在価値開発である顧客のイメージストックの抽出を目的にリサーチを徹底するためである。ジョアは1970年発売の日本初のドリンクヨーグルトであり、ロングセラーブランドである。従って、顧客の中に築かれているイメージストックを徹底して抽出し活用するという戦略を立てた。

《カテゴリー分析とポジショニング》
実際の商品を、消費者に自分の何らかの基準で分けてもらうカテゴリー分析の結果、ジョアはヨーグルトの中のサブカテゴリー(機能型・ベーシック型・嗜好型)の中の「嗜好型」に分類された。また、ガウス生活心理研究所の油谷遵氏(故人)が開発した先進性・高品質性の4軸で分析する「NOHL」図を用いたところ、ジョアは高品質ではあるが、いつしか古くさいイメージ、「懐かしい」とまで言われるレベルになってしまっているポジショニングが浮き彫りになった。

《イメージストック分析(潜在価値開発)》
多面的(トータル、ターゲット、オケージョン、ベネフィット、競合、デザイン、味覚、キャラクター、感情、カラー、表現、タレントイメージ)にジョアのイメージストックを抽出した結果、以下のような「お宝」が浮かび上がった。
◦ジョアはジョア(他にはない独自のブランド) ◦他にはない独特の味 ◦ほっとする味 ◦思い出すのはジョアの歌 ◦容器が独特で他にはない形 ◦優しい明るいイメージ ◦若い女性 ◦気分の切り替え

《課題とコミュニケーション戦略》
共通した課題は、最近ユーザーとジョアとの間に距離感ができていること、足りないのは「現代的なフレッシュ感」であった。そこで、ロングセラーブランドとしてのイメージストックを活用し、距離感を縮め、現代的なフレッシュ感を持たせ、ブランドイメージの向上を図る戦略を立てた。ターゲットは過去ユーザーおよび低頻度ユーザーとし、関係性をつくり直して思い出してもらう(図21のターゲット戦略)。

表現内容は、抽出したイメージストック(優しい、明るい、ホッとする、若い女性、ジョアの歌、容器形状)を活用しつつ、不足しているフレッシュ感・現代感をもつ「剛力彩芽」をイメージキャラクターとして付加した。

媒体は、味を思い出してもらうための店頭での試飲宣伝販売を徹底実施するとともに、剛力彩芽を起用したTVCMを実施した。核になる部分は決して広告代理店任せにはせず、自社で十分な準備期間をかけてリサーチし、広告戦略企画も自社で行った。制作だけを代理店に任せたため、広告制作前の段階で成功を確信していた。

《結果とその後》
野村総研のブランド調査で、ロングセラーではほとんど動かないとされる美味しさイメージが「17.8% ➔ 25.3%」へと大幅に向上。店頭売上は前年比177%と大きな成果を上げた。さらに2012年6月上期CM好感度総合5位(2744ブランド中)、新作CM1位、飲料部門1位を獲得。ジョアのCMは2018年現在まで7年間継続している。この方法はタフマンにも適応し、これも飲料部門5位という高い評価を得た。嗜好的価値の商品であっても、ベースとなるものは徹底したブランドのイメージストック分析による「潜在価値開発」なのである。

「 潜 在 価 値 開 発 」実 践 事 例 3( 戦 略 立 案 か ら 実 行 ま で 一 気 通 貫 で 支 援 ):中 国 銀 行 カ ー ド ロ ー ン

《背景と課題》
中国銀行は、岡山県内のトップ地銀。地域で利用率、ブランド認知率ともにナンバーワンを誇るものの、残念ながら2014年当時は、カードローンという商品に限ってはその認知は十分に行き届いてなく、利用率も決して高くない状況にあった。課題は「必要とされる方がご利用できるように、カードローンの存在と利用方法を知っていただくこと」であった。

《顧客の「真の声」を聴くところからのスタート》
2章の「前提を跳ばす」の罠でも述べたが、企業は顧客が商品を分かっているという前提に立ち、リサーチを跳ばしがちである。中国銀行は「石橋を叩いても渡らない」と言われるほど安全重視で保守的な企業イメージを持たれている銀行であるが、「お客様の本当の声を、直接聴いてみよう」と、過去に例のない決断をした。ここが最初のターニングポイントとなった。

すべての前提や思い込みを白紙にして、カードローン事業に関わるキーマン7名の行員インタビューから仮説を構築。その上で、口座利用者や未利用者など合計50名以上をデプスインタビューし仮説の検証と修正を行った。すると fresh な事実が次々と浮かび上がってきた。

《コミュニケーション戦略と一気通貫支援》
日々カードローンの問合せに対応している電話オペレーター延べ12名の「表現仮説」に対する意見を求め、商品情報を「どのように」「どんな順番で」お伝えすればお客さまが理解しやすいか、具体的なクリエイティブの検証も進めた。

お金の借り方を知らない人に、正しいお金の借り方を伝えるため、広告代理店が提案するCM中心のメディアプランとは全く異なる、広告の受け手の理解の差に応じた緻密なコミュニケーション全体設計図(存在認知 ➔ 興味関心 ➔ 理解の促進 ➔ 申込み誘導)を作成した(図22参照)。

カードローンの借り方を解説するマンガ形式の小冊子(新提案)からTVCMまで、私のビジネスパートナーの人的ネットワーク(制作会社の社長キャリア)を活かし、代理店を通さず自社で直接制作・実行まで一気通貫で支援することとなった。

《結果》
広告代理店を通さず直接制作したことによる広告制作コストおよびCMタレント契約コストの大幅な削減(透明化)を達成。CMは3年連続でシリーズ化して展開され、問合せが急増。100店を超す支店長からプロモーション施策の支持を獲得し、全行的な求心力が向上した上で、カードローンの申し込み数増につなげることができた。女性タレントは、現在は中国銀行全体のコミュニケーションの顔になっている。

キャンペーン成功の本当の理由は、単にCMが人気を博したからではない。すべては、中国銀行が顧客に真摯に向き合おうとしたところから始まったのである。顧客の声を聴くことで、①なぜ自身が選ばれたか(選ばれていないか)に気づき、②顧客の中に潜んでいた「無意識の問題(借り方を知らない等)」を理解でき、③課題と解決方法が明確になったことで、プロジェクトチームが自分たちの行うことに確信を持てた。だからこそ、全行員が自信をもってお客様に商品を説明することができ、一体感が醸成されたのだ。潜在的に持っていた「企業価値」を再発見し、それが「顧客価値」とも重なったことで、まさに大きな力が生まれた事例である。

「 潜 在 価 値 開 発 」実 践 事 例 4( 社 風 を 表 現 化 す る ):ア ル テ リ ア ・ネ ッ ト ワ ー ク ス

《背景と課題》
アルテリア・ネットワークスは2017年時点、日本国内で全長8200kmに及ぶ通信回線網を自社で保有する、日本有数の情報通信プラットフォームである。インターネット黎明期の1997年に設立された同社だが、近年、積極的なM&Aなどによって新たに合併した企業も増え、アルテリアとしての企業の一体感の醸成、効果的なコーポレートブランディングが求められていた。私たちに与えられた課題は「コーポレートブランディングとコミュニケーション戦略立案支援」であった。

《この先の「道筋」となる戦略が必要》
これも企業が陥りがちな罠の一つだが、広告、コーポレートメッセージ、イメージキャラクターなどを「それらしくつくってしまう」ことがよくある。例えば、一般にイメージしづらい産業分野の企業が「動物をモチーフにしたユニークなキャラクター」を使ってコミュニケーションするというのもそうだ。もちろん決して、そうしたキャラクターの存在を否定するのではない。ただ、自分たちが本当に自社の潜在価値を認識し、それが共有できるよう「誰に」「なにを」伝えるかのコミュニケーションまで戦略的な裏付けもされず「愛らしいから」「目立つから」という理由で使われているものも少なくない。

アルテリア・ネットワークスの場合も「アルテリさん」という超人的キャラクターを用いた交通広告を年間少なくない予算を使って行っていたが、コーポレートブランディングやコミュニケーション戦略上の課題に照らし合わせたときには「本当にこれをこのまま使い続けていいのか」という疑問も出ていたのである。つまりユニークなキャラクター広告で「話題」は提供できたとしても、それが自社のこれからの成長に必要なマーケティング戦略として正しいのかどうかの検証がされていなかったのだ。そこでまずは広告代理店数社に「コーポレートブランディングを含めた今後のマーケティング戦略」の提案を求めることになったのである。

実は、コーポレートブランディングを含めたマーケティング戦略の「型」は、それほど違いはない。実際、どの広告代理店も「きちんとした経営理念やタグラインをつくり社内外に浸透させていく」という点では、やるべきことの提案もプロセスもほぼ共通していた。その中で私の提案する「社員にインタビューを行い、みんなで自社の強みやメッセージを見つけていく」という「潜在価値開発」の考え方・手法が他社とは異なることから、そこにアルテリア・ネットワークスも着目したのだった。

《マーケティング戦略の構築》
競合企業を合併しアルテリア・ネットワークスとしての発足から3年。全社としての知名度を上げていくことはもちろん、アルテリアとしての社員の一体感を生み出すことが戦略の柱である。そのためには、社員自身が自分たちの会社をどう思っているのか、どうありたいと考えているのかを抜きには始まらない。外部から「これをコーポレートスローガンにしましょう」「この戦略で行きましょう」と言われても、社員が感じている自分たちの価値に合致してピンとくるものでなければ血肉にならないのだ。

特に合併した会社から新たにアルテリアの一員となった社員は、自分がある意味生まれ育った元の会社の社風や価値観、仕事のやり方も捨てきれない。アルテリアとしての〝幹〞となるものがないとモチベーションが低下し、会社がバラバラになりかねない危機感もあった。だからこそ、自社の潜在価値を探り出すために、対象者を選定し社員インタビューを実施する「潜在価値開発」の手法は有効だったのである。

実際にインタビューを実施してみると、まず人選からスケジュール確保までのスピード感には驚くべきものがあった。さらに、インタビュー協力者がみんなそれぞれ積極的だったのである。頼まれたから仕方なくという姿勢の人は皆無で、指示されたわけでもないのに作成された他の対象者の発言録サマリーもしっかり読み込んでいたのだ。要は「そういう会社である」というところが大事な鍵なのである。その感覚は他が簡単に真似できるものではなく、まさにアルテリア・ネットワークスという企業の潜在的かつ唯一性につながる価値である。そこからコーポレートブランディングとコミュニケーション戦略の幹となるキーワードとして「しなやか」というものが発見できたのだ。

《コーポレートコミュニケーション戦略の構築》
複数の会社が吸収合併されたことに起因するだけでなく、社内でも自分の業務によって「自分たちは何屋なのか」の意識が異なっていた。専用線などの回線を担当する人は「通信屋」「土管屋」と表現したり、アプリケーションや機器を扱う人は「エンジニアの会社」という意識が高かったりする。だが、そうした中でも指向性には共通するものがあり、それが「柔軟性」「スピード感」「真面目さ」「ベンチャースピリット」などであった。

さらにその源泉を探ると「自社回線というアセットを持った日本でも有数の情報通信事業者」というところに行き着いた。自社回線はまさしくバックボーンとしての企業の強さであり、それがあるからこそIT時代の進化にも対応できる「しなやかさ」にもつながる。また、しなやかさは柔軟でありながら決して折れない強さも秘めている。こうして社員インタビューから抽出された情報をもとに、コーポレートコミュニケーションの核になるタグライン案をいくつか作成し、全社員にアンケート調査を行った。その結果「靭やか(しなやか)情報通信プラットフォーマー」が50%以上の得票を得て最終案となったのである。

実は、この最終案には当初、経営会議でも「?」が付いた。「しなやか」という表現が情報通信企業らしくないからだ。日立の「Inspire the Next」のような横文字が当然だろうという思い込みが強かったのである。だが、あえて「違和感」があるものと、自分たちが何者であるかを示す「情報通信プラットフォーマー」の組み合わせだからこそ他にない唯一性を表現できることと、社員が潜在的に感じている共通の価値を表したものが「しなやか」というものであるという意図を共有し、社員が実際に投票でそれを選んだことが決め手になった。

《結果》
社員みんなの中に潜在的にあったものを生かしたコーポレートブランディングとコミュニケーション戦略によって、それまでそれぞれで考えがちだったものが「アルテリアとしてどうなのか」という方向に社員の意識が向くようになった。全体で考える意識が根付いたのである。社内から出る意見やアウトプットも個別最適で止まっていたものが、アルテリアとしての強みをさらに生かすための全体最適を考える機運が高まった。もちろん、それですべてのゴールに達したわけではない。だが一連のプロジェクトによって社員みんなが自分たちの本質を再認識でき、どうすれば打ち出したものが「みんなのもの」になるかを考え実行できたことが大きな財産だと担当者は評価している。

「 潜 在 価 値 開 発 」実 践 事 例 5( 真 の ヘ ビ ー ユ ー ザ ー づ く り を 目 指 す ):カ ゴ メ 野 菜 一 日 こ れ 一 本

《背景と課題》
カゴメは野菜飲料カテゴリーのトップブランドだが、2015年時点シェアの伸びは鈍化していた。競合に対し、機能性表示食品などでの差別化も行っているが「次の打ち手」を模索している状況であった。私たちに与えられた課題は消費者の「カテゴリー的消費」から「カゴメブランド」の価値を再認識した上で、指名買いに態度変容を起こさせ真のヘビーユーザー化を実現することであった。

《真のヘビーユーザー化を目指す》
カゴメのブランド担当者が、2016年に私の会社が開催していたセミナーに参加し「潜在価値開発」の存在を知り、その後「潜在価値開発」マーケティング講座を受講したことが端緒となった。従来のマーケティングとまったく異なる考え方、手法で野菜飲料の新たな戦略を実施したい。その想いを実現するために「潜在価値開発」の可能性に着目したのである。

まず最初に私たちとカゴメの間で共有したのは「ヘビ―ユーザー」の概念である。それまでカゴメでは野菜飲料を週1回飲んでいるユーザーを「ヘビーユーザー」と位置付けていた。だが「潜在価値開発」によって生まれる真のヘビーユーザーは「毎日のように飲む」ユーザーである。実際、野菜飲料カテゴリーのユーザーへのアンケートプロファイルでは7割の人が毎日、野菜飲料を飲んでいるが、その際のブランドは特に意識しておらず、そのとき目についたもの、特売されていたものを購入していた。これを「『カゴメの野菜一日これ一本』がいい」と指名買いしてもらって毎日飲んでもらいたいのである。

この状況は、まさに「行動ヘビー・マインドライトの法則」に当てはまっていたわけである。販売シェアと消費者、ユーザーのブランドロイヤリティ(顧客のブランドに対する忠誠度)にはギャップが存在していた。そのギャップを解消するために「潜在価値開発」で「カゴメはやっぱりすごい」と再発見してもらえる情報開発を行う必要があったのである。実は、それまでにもカゴメでは消費者、ユーザーの間口を広げるためのさまざまな施策を行っていた。だが、それによって一時的に販売が増えても、時間が立てば潮が引くように元に戻ってしまう。それでは意味がない。ヘビーユーザーとして長く愛飲してもらうには、商品を深く理解してもらうことと同時に消費者、ユーザーがカゴメの商品に対して持っている価値をメーカーとしてきちんと理解することも重要になる。ここでユーザーリサーチを行った結果、カゴメの社内では「もう使い古されて価値がない」と思われていたものが、実は今もユーザーにとっては「それが好きでずっと飲んでいる」理由になっていたことが分かったのである。

《マーケティング戦略の構築》
野菜飲料は嗜好品とは違って消費者、ユーザーの間口が狭い。つまり、飲む人と飲まない人がはっきり分かれてしまう。そこでカゴメでは従来、一人でも新しく多くの人に届けたいという想いがあり、手の届かない相手にリーチしようとしていた。だがユーザーリサーチから浮かび上がったのは、すでにカゴメの野菜飲料を飲んでいる人に「やっぱりカゴメの商品は良いものだった」と再発見してもらって飲み増しをしてもらうほうが圧倒的に増分効果が高いというものだった。

そこで「カゴメの良さ」を探り出すために「潜在価値開発」によって、トマトジュースから始まり85年目を迎える野菜飲料商品の埋もれた価値を社内から徹底して洗い出す作業を行ったのである。すると、営業、マーケティング、生産などのさまざまな部門から改めて「これは自分たちのすごい部分だと思う」という要素がいくつも出てきた。その中には、もう「何年も前にそれを打ち出すのはやめた」というものも多数あった。だが、それらを勝手に価値なしと決めつけず、仮説ステートメント化しユーザーに評価してもらうと、「野菜一日これ一本」では「栄養吸収率」や「無添加」といった、社内ではもう訴求しなくなっていた要素にユーザーの高い評価が集まっていたのである。

ユーザーが商品に持っている価値を改めて検証してみると「野菜を効率よく摂取したい」というものがあり、「野菜一日これ一本」の特徴である「栄養吸収率」は非常に評価が高かった。ただ、従来はそれがメーカーからの一方的なコミュニケーションで伝えていたため、あまり反応がなく「効果がない」と判断して伝えるのをやめていたのだ。逆に言えば、きちんと理解してもらって伝わるような手段があれば、「栄養吸収率」や「無添加」といったメッセージはユーザーに評価され「やっぱりカゴメの商品は良いものだった」と飲み増しにつながるのである。

それだけでなくカゴメは、そもそもの企業姿勢が競合とは異なっていた。創業者が「農業」を行って自ら野菜を育てていたところに出発点がある。そのため、商品にも「野菜の良さを生かす」という姿勢が随所に見られるのである。競合の中には「栄養強化」を謳って添加物を用いている商品もあるが、カゴメは無添加で野菜本来の栄養素を活かした野菜飲料づくりの技術とノウハウを持っている。ただ、そうした情報は表面的には商品の機能訴求につながりにくいため、どうしても企業側は「他のことを伝えよう」と切り捨ててしまいがちだ。そうではなく、きちんと理解され伝わるようなコミュニケーションの場と手段を使えば、むしろ競合にはない唯一性としてユーザーの態度変容を起させることができるのだ。

《コミュニケーション戦略の構築と結果》
これまで伝えてきたメッセージの効果がなかったのではなく、ユーザーにきちんと理解されるように届けられていなかった。そのことが「潜在価値開発」で分かったため、一方的ではなくユーザーが能動的にメッセージを受け取れる施策(質問型コミュニケーション)を私から提案し、コミュニケーションを行った。これをリアルだけではなくネットも組み合わせたマーケティングプラットフォーム上でも同じことが行えるようにし、ユーザーが能動的かつ深く情報を理解できるような相互型コミュニケーションを行ったのである。

《結果》
能動的なコミュニケーションからカゴメの「潜在価値」を反映したメッセージを受け取ったユーザーの「野菜一日これ一本」に対する継続購入意欲は「非常に高まった・35.5%」「高まった・36.6%」と合わせて70%近くものユーザーに態度変容が起きた。また追跡調査の結果、その後の購入率も27.5%から51.1%に上昇したのである。そして特筆すべきは前にも述べたリサーチにおけるフリーアンサーである。

「この商品が企業理念を真の意味で表現した素晴らしい商品であると思いました」
「無添加にこだわるには大変な努力と研究が必要かと思いますが、そのおかげでこれからも安心して飲むことができると思いました」

このようなコメントは企業の根本発想と機能を結び付けて語る、4階層に構造化されたコミュニケーションストーリーを使って顧客とコミュニケーションした時にしか出てこないものである。

《中心価値を忘れてはならない》
カゴメの担当者は「潜在価値開発」プロジェクトを通して、いかに自分たちが思っている価値と顧客が思っている価値にはギャップがあるかを再認識したという。自分たちが忘れてしまっていたり、思ってもみないところに埋もれているものが、実は顧客が潜在的に高く評価している価値になっているというケースはかならずどの企業にもあると考えたほうがいい。まさにカゴメはそういう企業だったわけである。農業が出発点という他にはない価値を持って歩んできた企業であり、120年の歴史を持つ企業であるのに市場で戦うステージを競合と同じにする必然性はなかったわけだ。自分たちの使える強みはすでに言い尽くされたと思い込んでいたため、競合と同じ「機能性」などのステージで戦わなければと考えてしまうと、常に「競争」にさらされる。そうではなくカゴメにしかない価値を大事にして、それをコミュニケーションの中心に据えることで、実際に顧客をヘビーユーザー化させ、競争から一歩抜け出せるのだということを「潜在価値開発」は教えてくれたのである。


おわりに

これまで獲得したくても難しかった真のヘビーユーザーをつくれるかどうか。その差を生むのは、実は一般的にいわれる企業のブランド力や商品力、広告宣伝力などではない。それはなにかといえば、「見えないものを見ようとするかどうか」の違いである。見えないものとは、すなわち本書でお伝えしてきた「潜在価値」のことであり、そうした「見えない価値」があるという視点に立ってマーケティングコミュニケーションを行えるかどうかがビジネスの成功を大きく左右する。

私がこれまでのマーケター人生で出会ってきたさまざまな事例でも、成功しているケースの多くは多分に「潜在価値開発」的な要素を含めていた。ただ、それが担当者の属人的なアイデアや努力レベルで行われていたため、「潜在価値開発」のように理論的、体系的、戦略的にノウハウが蓄積されておらず、その場限りに終わってしまっていたのである。潜在価値のような「見えないもの」は、意識して見ようとしない限り見えてこない。それでも、顧客に対してであれば、成功企業は徹底したリサーチを行い、潜在的な声を聞きだそうと取り組んでいる。ただ、それが自社のことになると難しくなる。自分たちが持っている潜在的な価値を徹底してリサーチし、社内から探り出すことができていない企業が多いのだ。そもそも自分たちに、そうした価値が埋もれているという発想や視点がないのであるから、潜在価値が見えないのも当然だろう。

本書でも述べてきたように「潜在価値」には顧客側の潜在価値と、企業側の潜在価値の2つがある。顧客の潜在価値は、特に商品開発においては日本企業はそれなりにしっかりリサーチできている。問題は、その先だ。顧客とのコミュニケーションにおいて、潜在価値を表現開発にまできちんと論理的に落とし込めて実行している企業は驚くほど少ないのである。代理店に丸投げせず、自社できちんと表現開発上のリサーチを行っているケースは極めて稀なのではないだろうか。その代わりに何をやっているかというとトレンドや消費者インサイトのような移ろいやすいものをもとにコミュニケーションしていることが多い。もうお分かりだと思うがトレンドや消費者インサイトをもとにしたコミュニケーションやセールス、マーケティングでは、トレンドや消費者の意識が変化すれば途端にうまくいかなくなる。短期的なトレンドやライトな消費者の意識構造に左右されない売り方、つまりはロングセラーを支えるヘビーユーザーづくりをしなければ、いつまでもトライアルユーザーづくりをくり返えさなければならないわけだ。

これは継続購入可能な商品やサービスの世界だけではなく、買い切り型の商品やサービスの世界でも同じことが言える。消費者やユーザーは商品やサービスを購入するときに、その企業やブランドとの今後の継続的な付き合い方も決めているわけである。それにもかかわらず、その商品やサービスを取り巻く市場の見方が、企業側と消費者やユーザーとの間でずれていれば、いくらその後にさまざまな戦略を考え実行しても根本のずれは修正できないことになる。つまり見えないものを見ようとする「潜在価値開発」の視点を持ち、消費者、ユーザーにとって「ギャップインパクト」のある情報をもとに表現開発を行い、表現開発上のリサーチまで行って、そのずれをなくすことがやはり重要ということだ。

本来、ここがビジネス成功の分かれ目であるのに、なぜか検証されないまま多額の広告宣伝費、プロモーション費が注ぎ込まれている。商品開発段階までは検証を行うのに、消費者、ユーザーとのコミュニケーションがうまくいくかどうかの検証、ユーザーテストは事前に行われないままデジタルマーケティングのさまざまなメディアやツール活用だけが進んでしまい、成果がついてこない。この現状を一変させるのが「潜在価値開発」をもとにした潜在価値マーケティングである。

「企業は商品に逃げる」——。私はことあるごとに、そのように言ってきた。ビジネスの本質的、根源的問題はコミュニケーションに存在するのに、企業は商品やサービスで解決しようとしがちだ。だが、それではうまくいかない。結果として、必要とされない商品やサービスを市場に送り出してしまう。商品開発やサービス開発よりも前段階に真の問題は存在する。つまり、企業自身のコミュニケーションの問題なのである。商品やサービスに比べて、企業自身の持つ価値、魅力といったものは形がない分、捉えにくく扱いにくい。形のないものをもとにしたコミュニケーションは、どうしていいのか分かりづらい。そこに明確で力強い方向性を与えるのが私たちの使命であり仕事だ。

「潜在価値開発」は、そうした従来、価値が埋もれているのに扱うのが難しかったものを見える化し、誰でもオペレーションできるよう理論化、体系化、プラットフォーム化したものである。新規顧客獲得、新商品開発、新チャネル開拓などコストや労力のかかることをせずとも、今あるものを活かして利益を創出することは十分可能だ。「潜在価値開発」は、そうした意味でももっともコストパフォーマンスに優れた、これからの時代のマーケティングなのである。

また、あるカテゴリーのトップ企業の方とお話しした折、次のような質問を受けた。「この商品にはもう打ち手がなく手詰まり感を感じています。どうしたらいいでしょうか」
私は次のように答えた。
「商品レベルのことだけを考えていると行き詰まりますね。問題やカテゴリーのレベルで考えるように戦略の視点を上げたらどうでしょうか。それによって、問題認識を高める需要創造戦略やカテゴリーの重要性を高めるカテゴリーマネジメント戦略のように違う次元のことが見えてきます。また、マスマーケティングの発想から脱却することが必要です。一対一の対話という考え方です。デジタルマーケティングの進化によって、リアルでなくても一対一の対話ができるようになりました。さらにいえば、カテゴリー内の競合メーカーと共同で問題の認識を高めることやカテゴリーの優位性を高めることを考えられたらどうでしょうか。つまり共創の戦略です。人口減少時代では放って置くとカテゴリーごと、競合メーカーもろとも沈没するという事態にもなりかねません。今までとは真逆の考え方が必要になっています」

このように競争戦略やマスマーケティングの発想から脱却し、潜在価値開発の発想に基づき、不毛なレッドオーシャンの消耗戦に巻き込まれることなく、それぞれに企業の唯一性を追求し、独自の発展の道を歩んでもらうことこそが著者の願いである。

2018年8月 平野 淳


著者・奥付情報

平野 淳(ひらの きよし)