潜在価値開発は、理論だけから生まれたものではありません。
企業の現場で、顧客や企業の中に埋もれている価値を発見し、それを戦略仮説へ転換し、実践と検証を繰り返す中から体系化してきました。
ここでは、2018年刊行の『潜在価値マーケティング』などで公開してきた代表的な実践事例を紹介します。
ヤクルト本社
潜在価値開発の原型から、ブランド再生へ
潜在価値開発の原型となった重要な実践の一つが、ヤクルトでの取り組みです。
ヤクルト400
既存顧客の継続率を70%から95%へ。潜在価値を「伝える」ことで顧客関係を変えた
ヤクルトレディの顧客の年間継続率は約70%でした。
70%という数字自体は決して低くありません。
しかし、裏返せば毎年約30%の顧客が離れていくことになります。
前年の顧客数を維持するだけでも、その分の新規顧客を毎年獲得し続けなければなりません。
そこで、新規顧客の獲得だけではなく、
「すでに購入している顧客に、ヤクルトの価値をもっと深く理解してもらえばどうなるか」
という発想に切り替えました。
潜在価値開発によって整理したのは、単なる商品機能の説明ではありません。
腸の健康とは何か。
乳酸菌というカテゴリーは、なぜ腸の健康維持に有効なのか。
その中でヤクルトは、どのような研究を積み重ねてきたのか。
商品だけではなく、その背後にある研究、考え方、企業としての蓄積まで含め、一つのストーリーとして構成しました。
それを既存顧客に伝え、評価してもらうと、
「ヤクルトさんは、すごい」
という感嘆の声が上がり、拍手まで起こりました。
しかも、一度だけではなく、実施するたびにほぼ同じ反応が起きました。
日頃からヤクルトレディとの接点を持ち、すでに商品を購入している顧客でさえ、ヤクルトという企業や商品の価値を十分には理解していなかったのです。
その結果、1年後には、
年間継続率 約70% → 95%
客単価 約8%上昇
となりました。
新規顧客を増やさなくても、既存顧客だけで前年実績を上回りました。
ここで新しい商品をつくったわけではありません。
研究も、商品も、企業としての蓄積も、すでに存在していました。
しかし、その価値が顧客に十分に伝わっていなかった。
つまり、
企業が持っている価値と、顧客が認識している価値の間に大きなギャップがあった。
そこに潜在価値がありました。
その見えていなかった価値を発見し、顧客が理解できるストーリーへ転換したことで、顧客との関係そのものが変わりました。
この実践は、その後の潜在価値開発につながる重要な原型となりました。
ジョア
顧客の中に眠っていたブランド資産を再発見し、停滞ブランドを再活性化
ヤクルト400での実践後、東京のヤクルト本社に異動し、広告部長として取り組んだのがジョアです。
2011年当時、ジョアは大きく落ち込んではいないものの、ブランドとして停滞していました。
そこで通常なら半年程度の広告制作準備に、約1年をかけました。
広告をつくる前に行ったのが、潜在価値を発見するための徹底した顧客リサーチです。
ジョアは1970年発売のロングセラーブランドです。
長い年月の中で、
「他にはない独自のブランド」
「独特の味」
「ほっとする」
「ジョアの歌」
「独特の容器」
「優しい、明るい」
といったイメージが、顧客の中に蓄積されていました。
一方で、ブランドには古さが生まれ、顧客との距離も広がっていました。
そこで過去の資産を捨てて新しいブランドをつくるのではなく、
長年蓄積された価値を生かしながら、現代的なフレッシュ感を加える
という戦略を立てました。
その結果、
店頭売上 前年比177%
CM好感度 新作CM1位
飲料部門1位
総合5位(2744ブランド)
を記録しました。
ブランド調査を担当した野村総研からも、ロングセラーブランドでは通常ほとんど動かないブランドイメージが大きく変化したことへの評価を得ています。
ジョアで発見したのは、企業の中ではなく、顧客の記憶の中に蓄積されていた価値でした。
ヤクルト400が、研究や企業の蓄積を顧客に再認識してもらった事例だとすれば、ジョアは、顧客の中にすでに存在していたイメージ資産を発見し、戦略に転換した事例です。
同じ潜在価値開発でも、対象となる潜在価値は異なります。
カゴメ「野菜一日これ一本」
企業が忘れていた価値を、顧客が教えてくれた
2015年当時、カゴメは野菜飲料カテゴリーのトップブランドでしたが、シェアの伸びは鈍化し、「次の打ち手」を模索していました。
そこで設定した課題は、単に購入者を増やすことではありませんでした。
「野菜飲料なら何でもいい」から、
「カゴメの野菜一日これ一本がいい」へ。
指名買いし、毎日のように飲む「真のヘビーユーザー」をつくることでした。
潜在価値開発によってユーザーを調査すると、興味深い事実が見えてきました。
カゴメ社内では、
「もう使い古した」
「もう訴求する価値はない」
と思われていたものが、顧客にとっては依然として高い価値を持っていたのです。
代表的なものが、
栄養吸収率
無添加
でした。
さらにその奥には、創業以来の
「野菜の良さを生かす」
というカゴメ独自の商品づくりの思想がありました。
つまり潜在価値は、商品の機能だけではありませんでした。
なぜ、その商品をつくっているのか。
どのような考え方で商品をつくり続けてきたのか。
企業自身にとって当たり前になっていた商品開発哲学そのものが、顧客にとって大きな価値だったのです。
カゴメの担当者も、このプロジェクトを通して、企業が価値だと思っているものと顧客が価値だと思っているものにはギャップがあることを再認識しています。
潜在価値とは、企業が「もう知っている」「もう使い終わった」と思っている場所にも眠っています。
中国銀行「カードローン」
顧客の真の声によって、戦略仮説を180度転換する
中国銀行のカードローンでは、最初に「誰に、何を伝えるのか」という前提そのものを疑いました。
行員へのインタビューに加え、
中国銀行の口座利用者、
カードローン利用者、
カードローン未利用者、
他行利用者
へのデプスインタビューを実施しました。
すると、当初考えていた戦略とは大きく異なる事実が見えてきました。
狙うべき顧客は、他行のカードローン利用者ではなく、
すでに中国銀行と関係を持っている自社顧客だったのです。
さらに、
地域で長年築いてきた信頼
生活の中に根づいた顧客との関係
県内に張り巡らされた支店網
など、中国銀行自身が十分に認識していなかった企業価値も再発見されました。
ここで戦略仮説を明確にした後、コミュニケーション全体を設計しました。
当初は一部の制作だけを予定していましたが、中国銀行から、
「根本が分かっている御社にすべてつくってほしい」
との要望を受け、戦略立案から小冊子、広告、テレビCMまで一気通貫で実行しました。
その結果、100店を超える支店長から施策への支持を獲得。
顧客の反応が変化し、行内の求心力も高まり、カードローンの申し込み増につながりました。
この事例の核心は、広告ではありません。
企業側の前提を一度白紙にし、顧客と企業の双方に眠っていた潜在価値を発見したこと。
そこから戦略が変わり、実行が変わり、結果が変わりました。
アルテリア・ネットワークス
社員の中に眠っていた価値を、企業全体の言葉にする
複数企業の統合を経たアルテリア・ネットワークスでは、企業としての一体感をどう生み出すかが大きな課題となっていました。
外部の専門会社が理念やタグラインを与えるのではなく、
社員の中にすでに存在しているものを探す。
というアプローチを取りました。
社員へのインタビューを重ねると、
柔軟性、
スピード感、
真面目さ、
ベンチャースピリット
など、部門を超えた共通の価値が浮かび上がってきました。
それらをさらに掘り下げて発見したキーワードが、
「しなやか」
でした。
そして、
「靭やか(しなやか)情報通信プラットフォーマー」
というタグライン案へと発展しました。
当初、経営会議では「情報通信会社らしくない」という違和感も示されました。
しかし、その違和感こそ、他社とは違う唯一性でもありました。
最終的には社員自身による投票で選ばれました。
プロジェクト後、担当者は、社員が個別の立場ではなく、
「アルテリアとしてどうなのか」
という視点で考えるようになり、社員自身が会社の本質を再認識できたことを大きな財産として評価しています。
潜在価値は、経営者だけが持っているものではありません。
社員一人ひとりの経験や感覚の中にも存在します。
それを発見し、共有できる言葉へ変えることで、個人の感覚を組織の戦略資産へ転換することができます。
潜在価値は、見えていないだけで、すでに存在している
これらの事例は、業界もテーマも異なります。
ヤクルト400では、
企業がすでに持っていた研究や価値と、顧客理解とのギャップ。
ジョアでは、
顧客の中に長年蓄積されていたブランド資産。
カゴメでは、
企業が忘れていた商品価値と、その奥にある商品開発哲学。
中国銀行では、
顧客の真の問題と、企業自身が気づいていなかった企業価値。
アルテリア・ネットワークスでは、
社員の中に潜在的に共有されていた企業の本質。
潜在価値は、どこか特別な場所にあるのではありません。
企業の中にある。
顧客の中にある。
社員の中にある。
歴史の中にある。
すでに当たり前になってしまったものの中にある。
それらを発見し、意味づけし、新しい戦略仮説へ転換する。
それが、潜在価値開発です。